モンテッソーリは「人間が知識を確実に「自分のものにする」過程には「感覚」「知性」「理性」が働く」と言っています。子供が繰り返し、繰り返し、同じことをやっているときには無意識の内に、その知識を確実に自分のものにしようとします。
前の記事で解説した通り、人間が知識を確実に「自分のものにする」過程には、次の3つの段階があります。
第一段階は「感覚」で促えて、「ワアーー」と驚くというような「経験」をします。
そして、驚いたこと(物)に対して、「どうなっているのだろう?」という問いを抱きます。
第二段階は、その問いを解決するために「知性」が働き始めるのです。
驚いた対象を、分析したり、比較したりして調べるのが知性の働きです。
こうやって対象を理解すると、「なるほど!」と思います。
すると、また新たな問いが生じます。「本当だろうか?」と、 人間は確かめなければ気がすまないようになっています。
そこで次の段階に入ります。
第三段階は、確かめるために「理性」働き始めます。 ここで「感覚」や「知性」とは異なる原理が働くので、 それを「理性」と呼びます(日本では「知性」や「理性」の概念規定が曖昧ですから、 この用語自体にこだわらないでくださいね。) 理性は根拠に照合して確かめる働きをし、 「やっぱり!」と納得するにいたります。 そして、これは正しいとか正しくないという「判断」が生じます。
この3つの段階、つまり、最初に感覚で経験し、次に知性で理解し、 最後に理性で判断して得られた知識は完全に自分のものになります。
この3つの段階に整理して説明する論理は、 B・ロナガン(1904-1984年)という哲学者によるものなのです。
モンテッソーリも子供が確実に知識や技術を「自分のもの」にしていく過程に、 これと同じ道筋を見ていました。
子供が繰り返し、繰り返し、同じことをやっているときには無意識の内に、 前述の3つの段階を踏みしめているのです。
最初は「ワアー、きれい」「ワー、たってみたい」という間隔からくる経験から始まります。 次に「どうすればできるか」「どうなっているのか」などを大人から、 はっきり、ゆっくり「見せてもらう」のです。
次に、説明してもらったことを自分の知性を使って追いかけながら「なるほど」と理解します。 すると必ず「本当かな?」と確かめたくなり「もう一度」とやってみます。
特に、随意筋を使って覚えることには、できるようになるまで 「もう一度、もう一度」と繰り返します。
また、絵本などから得る知識も「もう一度、もう一度」と繰り返すことによって、 確実に子供は自分のものにしようとします。